鉄道のような移動体向けの通信手段は無線が主力である。乗客は携帯電話や3G回線のデータ通信を使用する。鉄道会社は独自の鉄道無線や、沿線に敷設した漏洩同軸ケーブルによって通信する。しかし無線通信ではどうしても帯域が不足する。東海道新幹線のN700系では、鉄道用の通信システムの帯域の余った分を活用して、車内向けに無線LANサービスを提供しているが、帯域が乏しいので、回線速度が遅いし、乗客の大半のニーズをまかなうことも不可能である。また、トンネル内で無線通信を利用できるようにするには多額の投資が必要である。できることなら有線通信を利用したい。 幸い、鉄道車両はすべて鉄の車輪によって鉄のレールと接している。レールを通信回線にできれば有線通信を利用できる。実際、車輪とレールとの接触を活用した通信方式は古くから信号に活用されている。予め左右のレールに電位差を設けておき、閉塞区間上に列車がいる場合には、車輪や車軸を通じて電流が短絡され、電位差が無くなる。これを検出することで信号を制御できる。このような方式を軌道回路という。 電化区間では、レールはき電線の一部としても使われている。架線からパンタグラフで取り込んだ電流は、レールを流れて変電所に戻る。レールに大電流(1列車当たり最大4000アンペア)を流しつつ通信の信頼性も確保するのが、鉄道における信号システムの難しさである。 このような状況で素人が真っ先に思いつく通信方式はPLCだが、交流100ボルト程度の家庭用電力では実用化しているが、鉄道のような大電力を使用する環境でも容易に実現できるものなのかどうかはわからない。また、信号システムに支障しないように通信を行うのはかなり大変かもしれない。レールを用いた通信の場合、線路の分岐も考慮する必要がある。鉄道には膨大な数の分岐器があるので、分岐器ごとにスイッチングハブが必要な方式は現実的ではない。レールは信号システムの都合上、閉塞区間ごとに絶縁されているので、絶縁された部分をまたいでも円滑に通信できる方式が必要である。 信号システムに支障しないようにするには、架線を用いて通信するということが考えられるが、離線のリスクがあるので、離線してもさほど支障しない、TCPのような「いい加減」なシステムでないと難しいだろう。車内の乗客にインターネットサービスを提供する程度ならこれで十分か...