今はもうそれほどではないかもしれないが、高度成長期の日本の大企業は男性正社員が家庭を持つことにポジティブで、今や死語だがOLという名の事実上の花嫁候補まで会社が提供していた。住宅の取得も奨励していた。その一方で、家庭を持たない従業員に対しては一人前の人間でないとか、家庭を持てないのは人格的に問題があるからだといった人格攻撃がまかり通っていた。ではそういう会社では家庭を持ったら家族と楽しく過ごせるかというと全然そんなことはなくて、日本の企業は始業時刻には厳格な反面終業時刻にはいい加減で、その結果長時間残業が当たり前で、家族と一緒に夕食を取ることすらままならなかった。有給休暇の取得も容易でなかったので、盆暮れのごく限られた時期にアリバイ的に「家族サービス」をするのがならわしだった。 一体何のための家庭なのだろうか。もし企業が本当に従業員のことを思いやっているのなら、どうして家庭を持たせた挙句その家庭から引きはがずようなことをするのだろうか。このような一見不可解な企業の振る舞いにどのような説明を与えることができるだろうか。 まず、家庭を持ったり住宅ローンを組んだりすると、年収からして不釣り合いなほどのキャッシュアウトにコミットすることになる。住宅ローンで年収の数倍ものレバレッジをかけるし、利息の支払もあるから、実際には年収の10倍くらいのキャッシュアウトにコミットすることになる。住宅ローンを完済するまでは30年近くかかり、えてして定年近くになって完済するか、住宅ローン残高を退職金で完済するかになる。企業がこんないびつな投資をしたら銀行からお金を借りられなくなるのに、従業員に対しては当然のこととして奨励する。住宅以外にも家庭を持てばいろいろお金がかかる。実質一人分の給料で数人が暮らせばお金がかかって当然で、特に子供の教育費がかかる。その結果家庭を支えている父親は月数万円の小遣いしか与えられなくなる。 家庭にこれだけの投資をさせておきながら、その家庭には滅多に戻らせない。せっかく家族のために身を粉にして働いても、家庭では家庭を顧みない父親として蔑まれる。なんてひどい仕打ちなのだろうか。 このような巨額のキャッシュアウトにコミットすることの当然の帰結として、会社を辞めるのがとても難しくなる。既に巨額のキャッシュアウトにコミットしている結果、同等かより有利な条件で...