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書評 沼畑直樹「最小限主義。」



最近話題のミニマリズム本の一つである。ミニマリズムという言葉は最近になって使われ始めたものなので、いろいろな人がいろいろな意味で使っている。本書におけるミニマリズムは、「余計なものを取り去って今この瞬間に感覚を研ぎ澄ますと、絶対的幸福感が残る」というもので、それは第2章に端的に表れている。

本書は共感できる人と共感できない人にはっきり分かれるのではないか。夕日や空を見て美しいと思える人は共感できるだろうし、そうでない人は共感できないだろう。夕日や空を見て美しいと感じるのは理屈ではなく経験に根ざした感覚なので、どんなに言葉を尽くして理詰めで説明しようとしても説明しきれるものではない。気の利いた考察や高尚な教えを自分の外に求める人は失望するだろう。いわば、文字で書かれた写真集のような本であり、そこから何を感じ取るかは各人次第である。

なお、何を見て美しいと感じるかには個人差があるので、言葉尻だけを捉えて「すべての人は夕日を美しく感じなければならない」と捉える必要はない。著者にとってはたまたまそれが夕日だったから自らの経験に根ざしてそう語っているまでのことであり、人によっては清冽な空気の向こうに青く霞む山並を見て似たような経験をするかもしれないし、野に佇む草花に美しさを見出す人や、水路を流れる水を見て美しいと感じる人もいるかもしれない。大切なのは自分が何を経験し、どう感じたかである。

本書における「ミニマリズム」は決して「物を捨てることを目的とする」ものではないし、ましてや「貧乏生活を押し付ける」ようなものでもない。物を捨てることを目的としていないので、「物を捨てる方法」みたいな実践的なノウハウは書かれていない。そもそも、物なんて持ちたければ持てばよいし、持ちたくなければ持たなければよいし、自分のやりたいように自分で決めれば済むことで、他人に物の捨て方を教わろうという発想の方がどうかしている。自分が何を持つかすら人に決めてもらうような人は、本に「死ね」と書いてあったら本に書かれた通りに死ぬのだろうか。

本書におけるミニマリズムはむしろ、余計なものを取り去った後に残る豊潤な時間と空間を味わうものである。「我慢する」のではなく「味わい尽くす」のである。豊潤な時間と空間以外のものがミニマルであるに過ぎない。一見何も無さそうに見える時間や空間も、感覚を研ぎ澄ませてみると、いろいろなものが伝わってくる。しかしあいにくそういう精妙なものはノイズにかき消されやすい。ノイズというのは騒音や余計な視覚情報といった物理的なものだけでなく、他人の考えや自分の観念も含まれる。そのようなノイズを最小化するのが本書におけるミニマリズムである(「モノを減らすべきだ」といった観念や「モノは最低限であるべきだ」といった観念もまたノイズなので、そのような観念に捕らわれるのは本書におけるミニマリズムのありかたとは異なる)。そうしているうちに、「他人の言葉で語るのではなく、自分の経験に根ざして自分の言葉で語る」「自分自身の人生を生きる」という、シンプルだけども大切なことが見えてくる。

自分の経験に根ざして自分の言葉で語ったものは、自分が経験した範囲や自分の語彙に制約されるので、もしかしたら稚拙かもしれない。しかし稚拙であることを恐れて他人の考えや他人の言葉で飾り立てたら、いつまで経っても人生の主導権を自分の手に取り戻して自分の人生を生きることができない。他人の考えや他人の言葉で塗り固めたからといって、それらの他人の考えや他人の言葉が自分の人生に責任を取ってくれるわけではない。

そういうものなので、本書の第1章や最終章のように、ミニマリズムという概念をもとに何らかの法則を見出そうとしたり天下国家を語ろうとしても切れ味が出ない。本当に大切なものは意外とシンプルだったりするのだが、それはいろいろな知識を詰め込んだり一生懸命に物を考えることによって得られるものというよりもむしろ、余計な観念を一つづつ取り去った後に残るものだからである。意外と身近な所にあって、しかも誰にで平等に与えられているにも関わらず、ノイズにかき消されて気が付きにくい。既に身近な所にあるものに気づくだけでよい。

もし本書を手にする機会があったら、騙されたと思って、何も考えずに普段なかなか眺めることのない空を眺めてみてほしい。本書を通じてそういう経験をするきっかけになればと思う。

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