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書評 佐々木典士「ぼくたちにもうモノは必要ない。」

著者がミニマリストとして注目されるきっかけとなった本である。ミニマリストになるきっかけは人それぞれだが、著者の場合は汚部屋からの反動である。極端から極端に触れているように感じられるが、それはおそらく著者の旺盛な探究心によるものだろう。モノを持ちすぎていた生活からモノを持たない生活に転じた著者は、人はなぜモノを持とうとするのか、どうすればモノを持たずに済むのかを考察している。そして今はモノを持たない生活を満喫しているように見える。

そこだけ読めば、方向性が180度反転した探求の物語である。しかし本書には、「どのようなきっかけでモノを持ちすぎる生活からモノを減らす生活に転じたか」がなぜか書かれていない。モノを持ちすぎていた生活を描写した後、一転してモノを持たない生活からの視点で語られている。マキシマリストからミニマリストへの転機は、物語でいえば前半のクライマックスに相当する箇所であり、物書きとしてそこを敢えて外すのは勿体無いように見える。また、人は意志の方向性さえ定まれば目指す方向へ向けて動き出すものなので、どのように意志の方向性を転換するかというのは実用的にも重要な箇所である。Minimal & ismのブログを読み返してみても、2014年5月16日の「ミニマリズム宣言」から始まっており、最初からミニマリストになった後の視点で語られている。

もしかしたらマキシマリストからミニマリストに転じたきっかけは些細な思いつきだったのかもしれないし、あるいはそうせざるを得ないような経験があったけれどもまだ文字に書き起こすほど機が熟していないのかもしれない。もしくは、編集上の判断でばっさりと切り捨ててしまったのかもしれない。書かれていない以上、当事者以外にはうかがい知れないものの、書かれていないという事実自体が何かを語っているのかもしれない。

本書に書かれている部分を読んで「はいそうですか」とミニマリストになろうと思う人がどの程度いるのか知らない。「こうすればミニマリストになれます」「ミニマリストになったらこんなに良いことがあります」と語っている言葉を読んでも実際に経験してみなければわからない部分もあるだろうし、人によってはそこで語られている言葉が本当か嘘かを感じ取るかもしれない。もしかしたら今後著者の探求の方向性がまた変化する可能性もあるが、しかしそれでも著者が現在ミニマリストであるか、少なくともミニマリストだと思っていることは事実である。

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