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マナーとプロトコルと下心

マナーとプロトコル」というエントリにて、本来プロトコルであるはずのものがマナーとして喧伝されている旨のことを書いた。その後、「礼儀2.0」についての文章を読んでみると、「マナー」と称されているものの正体は、単に大過なく過ごすためのプロトコルというだけでなく、「自分はこれだけ努力しているのだから相応の見返りが欲しい」という勝手な要求なのではないかと思えてきた。

礼儀2.0の対になる礼儀1.0は以下のように定義されている。
相手のために自分がいかに時間を使ったかに価値がおかれる。あなたのことを思っていますよ、と表すために時間を使うことがかつては良しとされたのだ。年賀状を送る慣習や手土産、ゴルフ接待などはその一例だ。
本来の礼儀というのは相手のことを思いやる気持ちのはずなのに、いつの間にか自分の努力の量を基準にしてしまっている(一方、礼儀2.0は相手を基準に置いている)。相手が、「いや、私はそのようなものは求めていません」と言った場合(接待ゴルフなんてゴルフが苦手な人にとっては負担でしかない)、もし本当に相手のことを思いやるなら相手の求めないことをしないはずである。そんなことは大昔の論語にも書いてある。しかし下心を持って提供しようとするものを相手に辞退されてしまうと、見返りが欲しいという要求を通せなくなる。だからこそ「いやいや、そうおっしゃらずに」と相手の求めないものを押し付けることになる。礼儀1.0を否定されると都合の悪い人がいるからこそ、マナーを偽装して人に押し付けることになる。そして、自分で勝手に犠牲を払っておきながら見返りが提供されないと相手を逆恨みして「礼儀知らず」と罵ることになる。

情報に非対称性がある場合にシグナリングデバイスが活用されるというのはよく見られる現象で、お金を持っていることをひけらかしたいなら、お金を無駄遣いすることで無駄遣いできるくらいお金を持っていることをアピールできる。能力を直接示すことが難しい場合には、高い学歴を獲得できるくらい努力できたということをアピールする。

ひるがえって、礼儀1.0において送りたいシグナルというのは一体何なのだろう。上記の礼儀1.0の定義だと、相手のために犠牲にできる時間やお金が思いやりのシグナルということなのだろうが、それは相手に提供するものが相手の求めるものである場合にのみ有効な話であって、相手の求めないものまで勝手に押し付けることで示したいものといえば、「私には下心があります」「これだけの犠牲を上回る見返りを期待しています」というシグナルでしかない。

実際、ビジネスの場で礼儀1.0を行使してくるのは下心を持って接近する者くらいしかおらず、「そういう立場なのね」と思いつつしょうがないから付き合ってあげているだけである。双方にメリットがあって初めて取引が成立するので、そういうときには相手にもメリットが発生するだろう。

デートで高価なディナーをごちそうするのも下心だし、結婚式にお金をかけるのも下心である。下心かどうかは、相手の期待する見返りを提供しなかった場合に相手がどのような態度に出るかでよくわかる。そういう下心が無ければ自分を犠牲にしてアピールすることもないので、君子の交わりは水のように淡くなるし、己の欲せざるところを人に施すこともなくなる。

これに限らず、世の中の常識や価値観には、悪人が善人面しているものがいろいろあり、無邪気な人は「それこそが相手を思いやる行いだ」と信じ込んでしまっている。「これによって誰がどのように得をするのだろうか」と疑ってかかってみるとよいだろう。

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