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取れるリスクと取れないリスク

リスクに対する態度は大雑把に3種類に分けることができる。
  1. 何がリスクなのかをわからずにリスクの高いものに手を出して失敗する。
  2. 何がリスクなのかはわかっているが、どの程度のリスクなのかわかっていないので、取れるリスクと取れないリスクとの見極めができず、その結果、あらゆるリスクを避けてしまうので、失敗することがない反面、成功することもない。
  3. どのリスクが取れるリスクでどのリスクが取れないリスクなのかをわかっている。あるいは、どのリスクが対処可能なものでどのリスクが対処不可能なものかをわかっている。取れる範囲でリスクを取ることでリターンを取る一方で、取れないリスクは取らないから大きな失敗もしない。
1はリスクの識別ができていない状態である。2はリスクを識別できているが評価できていない状態である。3はリスクを評価し対処できている状態である。リスクマネジメントの原則である「識別」「定性的評価」「定量的評価」「リスクへの対応」の順番通りである。2のタイプは1のタイプよりもはるかに利口だが、3のタイプと違ってあらゆるリスクを回避するが故にリターンを取れないのでビジネスで成功しない。ビジネスで成功するのは3のタイプである。リスクを評価した上で「回避」「移転」「低減」「受容」などを適切に使い分けることができる。

喩え話を用いるなら、1のタイプは賞味期限というものを知らずに腐った牛乳を飲んで腹を壊すタイプである。2のタイプは賞味期限というものを知っていて、賞味期限の切れていない牛乳は安全だということまでは知っているが、賞味期限の切れた牛乳のうち、どのような牛乳が飲める牛乳であり、どのような牛乳が飲めない牛乳なのかを区別できないために、賞味期限のみで判断し、賞味期限の切れた牛乳を無条件に捨ててしまうので、結果的に飲める牛乳まで捨ててしまう。3のタイプは賞味期限の切れた牛乳から飲める牛乳と飲めない牛乳とを区別し、飲める牛乳のみを飲む。賞味期限の切れた牛乳を安く手に入れて、しかも腹を壊さない。

牛乳の賞味期限のたとえでは、一般消費者の多くは2に属するだろう。五感を駆使して飲める牛乳か飲めない牛乳なのか判断できる人もいるが、昔ならともかく、賞味期限というものが普及してしまった今となってはさほど多くないだろう。2のタイプの人は1のタイプの人に比べればはるかに利口かもしれないが、単に馬鹿ではないということに過ぎず、それは別に自慢するほどのことでもあるまい。

このような3類型のことを考えたのは、「ビジネスにおける知見とは何だろうか」と思ったからである。何がリスクなのかをわかっていることは、わかっていないことに比べれば大きなアドバンテージであることは確かだが、リスクとリターンにはトレードオフがあるので、リスクがあるということだけわかっても、取れるリスクを取りにいけなければリターンを得られないし、仮に比較的リターンの高いものがあるとしても、もたもたしているうちに、取れるリスクを取りに行くすばしっこい人に先を越されてしまう。「俺は何もしたくないけど俺が100%納得できるものを持ってこい」と言ってただ口を開けて待っていても、そんな虫の良いことを言う人においしいものを与える人がいるほど世の中甘くない。

2のタイプは、誰がどう見ても非の打ち所が無いことがわかるまで徹底的に調査しようとする。しかし、誰から見てもシロだとわかってしまえば他に競争相手はいくらでもいるし、誰から見てもシロだということがわかる前に、一足先にシロだと見抜く人だっている。一方、3のタイプは誰がどう見ても非の打ち所が無いことがわかるまで徹底的に調査するまでもなく、ある程度勘所を抑えれば取れるリスクなのか取れないリスクなのか当たりをつけることができる。そういう能力こそが真の意味でのビジネス上の知見というものではないだろうか。

「完璧に調査して客観的な証拠を収集しなければわからない」というのは口先で難しそうなことを振りかざせばいくらでも尤もらしく言うことができるが、結局のところ自分で判断する能力が無いということに過ぎない。「完璧な手順を踏んで誰が見ても非の打ちどころのない客観的な証拠を収集する」ための知見というのは学術研究上の知見ではあるが、ビジネス上の知見ではない。アカデミックな知見とビジネス上の知見とを混同するのは、中途半端にアカデミックでありながら本質をわかっていない人が陥りやすい誤りである。アカデミックな知見で勝負したかったら、自ら事業を行うのではなく、コンサルタントとしてアカデミックな知見を売る方が向いているだろう。例えば、プロジェクトファイナンスをやりたいけども評価する能力の無い金融機関に代わってプロジェクトを評価するような仕事である。プロジェクトファイナンスは客観的な証拠の積み上げによって判断されるべきものなので、2のタイプの人と親和性が高い。

ビジネスで知見があるというのは、ビジネスを成功させるに足るだけの知見があるということであり、それは誰が見ても一目瞭然な証拠の積み上げというよりもむしろ、取れるリスクと取れないリスクとを見分けることで、誰もが気づく前に先んじて動いてリターンを取れるような知見を指すのではないだろうか。リスクがあるか無いかではなく、識別されたリスクに対して、「このリスクに対してはこういうやり方で対処できる」とか「このリスクを取った場合、最悪でもこれくらいだから体力の範囲内で済む」という判断をできるのがビジネス上の知見である。できない理由を並べ立ててやらない人というのは、「どうすればできるようになるか」についての知見の無い人である。

牛乳の賞味期限のたとえに戻ると、賞味期限の切れた牛乳の中から飲める牛乳を選び出すのがビジネスである。「経営が認めません」とか「金融機関が融資してくれません」とか理由をつけて賞味期限の切れていない牛乳しか飲みたくないというのは、そもそもビジネスの土俵にすら立っていない。どのような仕事のしかたでお金を稼ぐのか考え直した方がよいだろう。

似たような話は交渉の場でも言えて、何が譲れないものなのかをわかっていないと、譲るべきでないところで譲ってしまって交渉で負けてしまう。だからといって、何も譲れないという態度では建設的な成果は得られないから、交渉そのものが成り立たない。交渉で成功するためには、何が譲れるもので何が譲れないものなのかを明確に意識した上で、譲れないものを守りつつ譲れるもので譲ることで対価を引き出す必要がある。ビジネスも交渉も、交換を通じた価値の創造と再分配だから、本質的な部分は似通っている。

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