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真の成果主義と偽の成果主義

日本では西暦2000年頃から2010年頃にかけて大企業を中心に「成果主義賃金」というものが普及していった。ではその結果労働生産性が向上したかというと、データの上では労働生産性向上は僅かだし、マクロデータでもバブル崩壊以降の成長率の低下は全要素生産性の低下で説明できてしまう。現場の感覚レベルではそれ以前から「成果主義」が成果に寄与していないのではないかという疑問があった。従業員意識調査においても「成果主義」が働きがいに関する指標を悪化させるということが知られていた。成果を志向するはずの人事制度がなぜ成果に貢献しないのだろうか。

日本企業で導入された「成果主義」の中核をなすのは期初の目標設定と期末の評価である。期初に様々な項目から成る目標を従業員が設定し、直属の上司との面談によって承認を得る。期末になると設定された目標の達成度を従業員が自己評価し、それをもとに直属の上司が面談の上で成果を決定する。成果を評価するためには目標が定量化されていなければならないので、目標設定は、KPIという名目で無理やり定量化された目標をでっちあげることから始まる。

この手法はもともと米国企業のホワイトカラー労働者向けのものである。米国企業のホワイトカラー労働者の特色は、1)業務や成果測定が契約ベースであり、詳細な労働契約が定められていることと(契約書は500ページくらいで、弁護士のレビューが必要)、2)採用や評価に関する全権を直属の上司が有しており、上司が自己の成果を出すために人件費をかけて部下を雇用していることの2点である。

ひるがえって日本企業では1)労働契約が存在せず、労働者のプールに対して会社が一方的にルールを決めて個々の従業員に業務を命じたり役職や給与等級を決定したりする、2)採用は人事部による一括採用で、直属の上司は人事に関する裁量を有さない、という根本的な違いがある。制度設計においては、細部の微妙な違いが全く異なる結果をもたらすが、前提条件が根本的に異なれば結果が全く異なるのは火を見るよりも明らかである。にも関わらずそのようなことに誰も疑問を抱かないのは、日本の大企業のサラリーマンが外の世界を知らないからである。

日本企業の新卒一括採用が悪いというわけではなく、うまく機能すれば米国のような極端な学歴主義(ひいては機会の不平等)や欧州のような若年失業を回避できる。しかしそれは新卒一括採用枠が求職者に対して十分に提供されていればという条件付であるが。各国で発達してきた制度は様々な制度の組み合わせのもとでうまく機能してきたものなので、個々の制度を見るだけでは不十分で、全体の整合性を考慮しなければならない。

本来、成果を達成するためには、各人が費用と便益に基づいてリソースを配分する必要がある。上司や会社にとっては人件費は費用なので、人件費の無駄遣いを抑制しながら成果を最大化することが求められる。一方、従業員によっては報酬は便益なので、時間や能力や体力を無駄遣いせずに便益を得る方法を考えながらリソースを配分する必要がある。うまく機能すれば上司も従業員もコストの割に成果に寄与しない作業を抑制するようになり、成果を達成しやすい作業にリソースを集中することになる。

ただし、これらがうまく噛み合うためには制度設計の整合性が求められる。異質な制度を中途半端に混ぜると制度の整合性が損なわれるので意図した結果を実現できない。米国のホワイトカラーの流儀を導入するなら契約ベースの労働や分権的な採用とセットで導入しなければ意味がないが、どういうわけか日本の大企業ではそうはならない。そうなると、そもそも日本企業で導入された「成果主義」というのは本当に成果を目的にしたものなのかと疑問を抱かざるを得ない。収益力が低下して従来の年功賃金を維持できなくなった日本の大企業が人件費を抑制する目的で導入した制度であれば、成果を達成するための制度上の整合性なんて必要なくて、賃金を払わない理由を作ることができれば十分である。

しかし、人件費を抑制するというのは人が余っていた時代の産物であり、人が足りないときに一方的に人件費を抑制したら働き手がいなくなる。会社がお金を持っていても、そのお金のために働いてくれる人がいなければ会社は何もできない。従業員を稀少資源と認識すれば、無駄な労働を抑制するはずである。従業員の生産性を最大限に高めても業務が回らないとしたら、そのままでは従業員の離職を止められないので、人を増やすか仕事を減らすかしなければ会社は存続できない。人が足りない時代に人を増やすのは難しいので、会社の経営戦略上重要でない仕事をやめることになる。

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