(その1)では、一票の格差の是正方法について以下の5つの方式を列挙した上で、1と2の方式についてそれぞれの長所と短所を見てきた。
- 選挙区の区割りの変更
- 有権者人口に応じて議員の議決権に係数をつける
- 地域別選挙区を廃止して年齢別選挙区等の他の切り口で選挙区を設ける
- 選挙区を無くして全国区のみにする
- 議員選挙を廃止して直接民主制にする
(その2)ではさらに踏み込んで、情報技術を活用することによって地域別選挙区にとらわれない方式の実現可能性について見ていきたい。3の方式から順にそれぞれの長所短所を見てみよう。
3の方式では、「そもそもなぜ地域別選挙区なのか」ということから疑ってかかる。従来情報技術が未発達だった頃には、政治活動の手段は集会を開いたり演説したり印刷物を配布したりすることに限られていた。そのためには政治活動のエリアをある程度狭くする必要があった。しかし今では情報伝達の手段が多様化しているため、敢えて地域別に選挙区を区切る必然性が乏しくなっている。例えば日本維新の会の橋下徹共同代表は主にTwitterで発言しており、全国にフォロワーが100万人近くいる。YouTubeのようなネットでの動画配信も可能だし、ニコニコ生放送のように視聴者のコメントをその場でもらいながら生放送することだって可能である。SNSも昔とは比べ物にならないほど充実している。文書の配布だけならウェブ上で簡単にできる。直接対面する場も必要だろうが、頻度が低ければ地理的な近さの優先順位はさほど高くない。
では、地域別以外の選挙区を導入することの長所短所を見てみよう。長所としては、
- 地域以外の様々な属性を反映させることができ、多様な民意を反映させることができる。有権者の属性には地域だけでなく年齢、性別、職業、所得水準といった様々なものがあり、様々な利害の対立軸がある中で、居住地域はそのうちの1つでしかない。地域という特定の属性のみに偏った選挙区は往々にして国益について論じる国政の場を地域への利益誘導の調整の場としてしまう。例えば、社会保障に関しては世代間の利害対立なので年齢別選挙区の方が妥当。
一方、短所もある。主に選挙実務に関するものである。
- 選挙管理委員会は地域別に編成されているので、有権者名簿を確定する作業が事務的に煩雑。しかし、選挙においては年齢別・投票所別の投票状況は集計されており、投票所の入場整理券には性別も記載されているので、住民のデータを集計して加工するプロセスが電子化されていれば追加的なコストはさほどかからないだろう。
- 所得水準といった補足しにくい情報は選挙区の区割りに使えない。
- 各地域の投票所で投票する方式だと地域をまたがった選挙区別に投票箱を用意する必要があり、手続が煩雑。現行の地域別選挙管理委員会は市町村議会選挙、市町村首長選挙、都道府県議会選挙、都道府県知事選挙、国政選挙と様々な選挙に対応しており、地域をまたがって開票結果を集計するだけなら今でもやっていることだが、紙で投票する方式だと現実的でないだろう。
- ネット投票の場合には、選挙区の区割りに関しては柔軟な反面、投票の自由を確保できる技術がまだ確立していない。所属団体の圧力によって特定の候補者への投票を強制されるリスクを無くすことができないとネット投票が実用化しない。しかし、投票所に出向いて誰の圧力も受けない状況で電子投票するという方式ならありうる。ただし、個人の属性が詳細に明らかにされている状況で個人情報と投票情報とが紐づくと秘密投票を確保できないので、たとえ電子投票であっても注意が必要である。
- そもそもどのような切り口で選挙区を設定するかについて合意形成が難しい。
概念的にはきれいだが、実務上の課題がいろいろあり、有権者名簿作成プロセスや投開票のプロセスについてさらなる検討が必要だろう。
4の方式ではさらに、「そもそも選挙区というものが必要なのか」ということを疑ってかかる。いろいろな切り口で選挙区を設けてみたところでそれによって多様な民意をすべて汲み取れるわけではない。それならば全国区にして、対立軸の設定そのものを自由化してしまおうという考え方である。長所は
- 選挙区自体が存在しないため、選挙区ごとの一票の格差が原理的に発生しえない。
- 投開票に関する事務手続きが大幅に簡略化される。
- 政党の自由な活動によって対立軸の設定や集団形成が自律的に行われる。特に、所得水準等の選挙管理委員会で補足不可能な属性であっても、それに応じた政党(例えば金持ち優遇を目指す政党とか)が形成されることで民意を取り込むことができる。
- ネット投票は必須ではない。
- たとえ全国区であっても全国くまなく政治活動しなければならないわけではなく、特定の地域で重点的に活動する自由はある。特定の支持層向けに重点的に活動する自由は誰にでもあり、その特定の支持層が地域と紐付いているなら結果的に特定地域を代表することになる。
短所は
- 個人単位とするか比例代表制とするか、あるいは個人と比例代表制の並立にするかについて議論の余地がある。ただし、個人を単位とするミニ政党も可能なので、比例代表制で個人を包含できる。この場合、個人が立候補しやすいように政党の要件に関して特例が必要かもしれない。
- 多様な民意を取りこぼさないように自律的に政党が形成されるかどうかについては、実績が無いため自明ではない。
- 小政党が乱立すると単独政権が不可能になり、政権運営が不安定になる可能性がある。内閣そのものを無くしてしまえば個別議案ごとの賛否の投票のみとなり、議会運営上の問題は解決するが、そうすると省庁の仕組と整合が取れなくなる。
選挙制度がとてもシンプルになり、一票の格差も原理的に発生しえないが、政治的なリスクが残る。参議院でなら導入可能かもしれないが、衆議院では導入の難易度が高い。
最後の5の方式は、議員選挙に付随する各種の課題を解決するために、議員選挙そのものを無くしてしまおうという考え方である。もちろん議会での投票は残る。直接民主制は全員が一同に会して議論する方式なので、人数が増えると現実的でないため長らく間接民主制が採用されてきた。しかし、ネット上で議論したり、議会でネット投票できるようになれば、有権者が直接投票することも技術的には可能である。現在の情報技術のもとでは、今まで検討課題にすらならなかった直接民主制も検討に値する。
忙しくて政治活動に専念できない人の方が多いだろうし、投票の際に都合がつかないこともあるだろう。そういう場合に備えて株主総会同様に委任状方式を想定している。ただしネット投票を想定しているため、委任状も電子化されたものを想定している。法案の大半は賛成多数で可決されるものばかりなので、そういう法案については政治活動を積極的に行なっていてかつ政治的な考えの一致する人に委任すればよい。委任先が既存政党の代表者であってもよい。自分が重大な関心を持つ法案については、委任せずに自ら投票することができる。この方式の長所は
- 有権者がそれぞれ一票を行使できるため、一票の格差が原理的に発生しえない。
- 有権者が誰でも投票できるため、多様な民意が反映される。
- 委任状方式を採用することで間接民主制を包含できる。
- 重要な法案については多くの有権者が自ら直接投票することになり、議会での議決と国民投票との間の垣根が無くなる。
- 既存政党の代表者に委任する場合には、政党政治を包含するものとなる。
- 議決に直接参加する機会を持つことで当事者意識が形成される。
- 議会選挙で投票したい立候補者がいないという理由で棄権することが無くなる。既存政党に魅力がないことによる政治への無関心を避けることができる。
短所もいろいろあって、主に議論のための仕組に関するものと、委任状方式に関する実務的なものと、直接民主制特有のポピュリズムである。
- 当事者の数が増えるため、ネット上で効率的に議論できるための仕組が必要。既存のネット上の議論を見る限り、そのような効率的な議論の場はまだ完成しているようには見えない。
- ネット投票が前提なので、投票の自由を確保できる技術的な目処が立たないと実現できない。有権者が自ら議会で投票するとなると、投票の自由の確保のために秘密投票が必要である。
- 委任状方式の場合、所属団体の意向によって強制的に委任状を提出させられるリスクがある。現行の選挙制度のもとでも委任状方式は不可能ではないだろうが、それでも採用されていないことから推測すると相応のリスクと認識されているのではないか。ネット投票と同様に委任先決定の自由が確保される仕組が必要。
- 委任した相手が別の人に再委任する可能性があり、最終的に誰に委任しているのかわかりにくい。さらに、AさんがBさんに委任し、BさんがCさんに委任し、CさんがAさんに委任するという事態も発生しうる。
- 議員選挙と同様に、委任状獲得に際して買収が行われるリスクがある。このリスクに対処するため、「何人から委任されているか」はわかっても「誰から委任されているか」がわからないようにするといったような制度上の工夫が必要がある。
- 委任状の提出が常時可能になると、委任状獲得をめぐるプロキシーファイトが常時行われることになり、委任状獲得を目指す人の負担が大きい。かといって、ある特定のタイミングでしか委任状を提出できないと全国区で議員を選出するのと大差ない。
- あまりに自由度が高すぎて予測がつきにくい。面白半分のイタズラが発生する可能性もある。
- 直接民主制と内閣との整合性の確保に課題が残る。特に外交においては閣僚がいないと実務に支障する。首班指名までは通常の議決で可能で、首班指名された人が内閣を組閣するという部分は変わらないだろうが、ある程度期間を区切らないと短命の内閣が頻繁に交代することになる。もっとも現状の間接民主制でも閣僚の在任期間が数ヶ月程度でしかないので、さほど影響はないかもしれないが。
- 民意が反映されすぎるとポピュリズムに寄るリスクがある。特に増税のような痛みを伴う法案が通りにくいため、問題を先送りにして将来世代に大きな負担を残す可能性がある。
- 議会制民主主義そのものを変えるとなれば当然憲法改正まで必要。
このように比較してみると、一票の格差を是正することだけが目的なら2の「有権者人口に応じて議員の議決権に係数をつける」という方式が最も導入しやすい。議決権の配分方法についての意思決定さえできれば、実務的には容易である。選挙無効とされてしまう前に選挙制度を改正する必要があるとしたら迅速な導入が必要なので、実務上の課題の少ない2の方式が最も有力だろう。
3の方式と4の方式との比較では、3の方式でできることはすべて4の方式でも実現でき、しかも4の方式の方が実務がシンプルである。ただし4の方式は小党乱立による政治的な不安定が課題である。
5の方式は投票の自由を確保するための技術的な課題もさることながら、民主主義の根幹である議論のしかたのリテラシーが国民全体で向上しないとメリットよりもデメリットの方が多くなってしまうのではないかという気がする。情報技術よりも人間が情報技術について来られるかの方がボトルネックかもしれない。実際、ハードウェアがソフトウェアの性能は飛躍的に向上したが、人間の性能は全然上がっていない。ポピュリズム過剰だと結果的に国益を損なうような意思決定がなされるリスクがあり、そうなると「そもそも何のための民主主義か」といったレベルからきちんと考えていかないと道筋が見えない。